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岐阜地方裁判所多治見支部 昭和52年(ワ)192号 判決 1979年4月27日

原告

櫻井卓男

被告

石田春美

ほか一名

主文

被告らは原告に対し、各自金四五万四二五〇円および内金四一万四二五〇円に対する昭和五二年四月一八日から、内金四万円に対する本判決確定の日の翌日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告らに対するその余の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「1、被告らは、原告に対し各自金五七万七二五〇円および内金五三万七二五〇円に対する昭和五二年四月一八日から、内金四万円に対する本判決確定の日の翌日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。2、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに右第1項につき仮執行の宣言。

二  被告ら

「原告の請求はいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二当事者の主張

(請求の原因)

(一)  交通事故の発生

(1) 日時 昭和五二年四月一七日午後五時三〇分頃

(2) 場所 岐阜県土岐市曽木町一六六三番地付近の国道三六三号線(通称中馬街道)上。

(3) 事故の態様 原告は、原告所有の普通乗用車(岐五六ぬ二六七四番、以下原告車という)を運転して自宅へ帰るべく、土岐市方面から瑞浪市方面に向けて進行中、本件事故現場付近に差しかかつたが、同所は小高い舗装された峠道で、その頂上からやや下がつた箇所で進路左方へ曲折しているので、時速約三五キロメートルの速度で峠道の頂上に達し、引続き下り道を進行しようとしたところ、進路前方約一五メートルの右曲折地点から被告石田春美の運転する被告株式会社江口巖商店(以下被告会社という)所有の普通乗用車(名古屋五八つ四九三九番、以下被告車という)が時速約八〇キロメートルの速度で道路中央を対進してくるのを発見した。右頂上付近の道路幅員は約六メートル、道路の左右は樹草の繁茂した法面となつているが、両車両がともに道路左側部分を進行すれば容易にすれ違うことのできる道路状況であり、原告車は道路左側部分を進行していたので、当然被告車は道路中央から左側へ転把するものと咄嗟に判断したところ、被告車は転把することなく依然道路中央をばく進してきた。そこで、原告は直ちに急制動措置をとるとともに、被告車との衝突を避けるべく左方へ急転把したが、被告車はなお同一針路、速度で進行したため、左方急転把により進路左側の路肩に左側前後輪をはみ出し、かつ、急制動により停止直前の状態にあつた原告車右側フエンダーより車体後方にかけて被告車右前部が衝突した。

(二)  被告らの責任

(1) 被告石田の責任

本件事故は、被告石田が、前方注視義務、道路左側部分通行義務および法定速度遵守義務を怠つたために発生したものであるから、同被告は民法七〇九条により原告の蒙つた後記損害を賠償すべき義務がある。

(2) 被告会社の責任

本件事故は被告会社の従業員である被告石田が私用のため被告会社所有の被告車を運転中に発生したものであるが、当時被告石田は被告会社から被告車を被告石田の専用車として供与され、これを営業用のみならず私用にも使用することを許されていたものであるから、本件事故時における被告石田による被告車の運転は、民法七一五条にいう被告会社の「事業の執行に付き」なされたものというべきである。

したがつて、被告会社は民法七一五条により原告の蒙つた後記損害を賠償すべき義務がある。

(三)  損害

(1) 原告車修理代金 三〇万六二九〇円

原告は本件事故により破損した原告車の修理を訴外岐阜トヨペツト株式会社恵那営業所に依頼したが、修理に三〇万六二九〇円を要した。

(2) 全塗装代金 一一万五〇〇〇円

前項の修理代金中には破損箇所の部分塗装代金が含まれているが、部分塗装だけでは年月を経るにつれ部分塗装部分とそれ以外の部分との間に色調や色の深みの差が生じ、完全には元通りにならないため、全塗装をする必要があり、それに一一万五〇〇〇円を要する。

(3) 交通費 一万五九六〇円

原告は、本件事故当時原告車で通勤していたが、本件事故により事故翌日の昭和五二年四月一八日から原告車修理完了引渡日である同年五月二〇日までの間往復ともバス通勤を余儀なくされたところ、右バス代は一日当り七六〇円であり、右期間中の通勤日数は二一日であつたから、原告は合計一万五九六〇円の損害を蒙つた。

(4) 慰謝料 一〇万円

原告は、本件事故により愛車を破壊された上、前記修理期間中バス通勤を余儀なくされ、一日当り平均七〇分通勤時間を余計に要した。また、原告車は修理をしたもののいわゆる「格落ち」により価格が低下した。これら諸事情のほか、被告らが本件事故の示談交渉に際して誠意ある応対をしなかつたこと等により精神的苦痛を受けたが、これに対する慰謝料は一〇万円が相当である。

(5) 弁護士費用 四万円

前述のとおり、被告らが示談交渉に際して誠意ある応対をしなかつたため、原告は、原告訴訟代理人に本訴の提起、遂行を委任した。

(四)  よつて、原告は被告らに対し、それぞれ損害賠償金五七万七二五〇円およびこれより弁護士費用分を除いた五三万七二五〇円については本件事故発生日の翌日である昭和五二年四月一八日から、弁護士費用分四万円については本判決確定の日の翌日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被告らの答弁)

(一)  請求原因(一)の(1)および(2)の事実は認める。

(二)  同(一)の(3)の事実のうち、原告車と被告石田運転にかかる被告会社所有の被告車とが接触衝突したことは認めるが、その余は不知又は争う。原告車および被告車は、道路のほぼ中央付近で衝突したものであり、被告車の速度は時速約五〇キロメートルであつた。

(三)  同(二)の(1)の事実は争う。

(四)  同(二)の(2)の事実のうち、本件事故時における被告石田による被告車の運転が民法七一五条にいう被告会社の「事業の執行に付き」なされたものであつて、被告会社に同条による責任があるとの点は争うが、その余の事実は認める。

(五)  同(三)の(1)の事実は認める。

(六)  同(三)の(2)ないし(5)の事実は争う。

(被告らの抗弁)

本件事故は、被告石田が時速約五〇キロメートルの速度で被告車を運転し、原告主張の曲折地点(この付近が峠の頂上である)を通過したところで原告車に衝突したものであるが、原告が左路肩の方に転把した事実はなく、両車は道路のほぼ中央付近で衝突したものであつて、原告も前方注視義務を尽くしていなかつた。

したがつて、原告と被告石田との過失割合は五対五というべきところ、本件事故により被告車も破損してその修理に一六万円を要した他、原告主張と同種同程度の損害を蒙つているので、損害賠償額を定めるに当つて過失相殺がなされるべきである。

(抗弁に対する答弁)

抗弁事実は否認する。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  本件事故の態様について

原告主張の日時場所において原告車と被告石田運転にかかる被告会社所有の被告車とが接触衝突したことは当事者間に争いがないところ、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第七号証の一(但し、後記措信しない記載部分を除く)、原告および被告石田(第一回)各本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く)および検証の結果によれば、次のような事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、土岐市方面(西方)から瑞浪市方面(東方)に通ずる山間の道路上で、原告は当時右道路を土岐市方面から瑞浪市方面に向かつて進行していたものであるが、原告の進行方向からいうと本件事故現場の少し手前からゆるやかな登り坂となつて峠の頂上に達し、そこから約四、五〇メートルほぼ平担な部分が続いた後、ゆるやかな下り坂となつて左方(北方)へ曲折する。衝突地点は、峠の頂上付近のほぼ平担なところで、事故当時路面はアスフアルト舗装が施されていたが、センターラインの表示はされていなかつた。舗装部分の幅員は一定でなく、頂上付近で最も広いところが約五・四五メートル、最も狭いところは約四・六メートルであるが、対向車双方が速度を適宜調節してそれぞれ道路左側部分を通行すれば、普通車同士がすれ違うのに何ら支障はない。道路の両側は幅約一メートル前後の山砂利の路肩部分に続いて上方に伸びる崖状の傾斜面となつている。

(二)  原告は、原告所有の原告車を運転し、時速約三五キロメートルの速度で土岐市方面から瑞浪市方面に向かつて道路左側部分を進行し、本件事故現場に差しかかつたところ、進路前方に時速約五〇キロメートルの速度で進行してくる被告車を発見したが、その際の被告車の位置は原告車の進行方向からみて道路右側部分にあつたため、別段危険を感じなかつた。ところが、その後被告車は、原告車の進行方向からみて道路右側部分から道路中央に出てきたため、原告は衝突の危険を感じ急制動措置をとるとともに左方に急転把したが、衝突を避けられず、原告車の右前部から右後部にかけて被告車の右前部が接触衝突した。なお、原告が左方へ急転把した際、原告車の右側面と道路中央との間には約四〇センチメートルの間隔があり、原告車の全体が道路左側部分にあつた。

(三)  衝突地点の道路舗装部分の幅員は、約四・六五メートルであるところ、衝突時、原告車はその左前部を道路左側の路肩に突込んだ状態であり、一方、被告車は原告車の進行方向からみて道路右側部分に約八七センチメートルはみ出していた。

(四)  衝突後、被告石田は事故現場において原告に対し「ハンドルを切ろうとしたが、吸いこまれるようにして衝突してしまつた。」と言つて謝つた。

以上の事実が認められ、前記甲第七号証の一および被告石田本人尋問(第一回)の結果により真正に成立したものと認められる乙第一号証のうち右認定に反する記載部分ならびに原告および被告石田(第一回)各本人尋問の結果中、右認定に反する供述部分はいずれもたやすく措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、本件事故現場付近は峠の頂上付近で、道路幅があまり広くなく、センターラインの表示もされていなかつたのであるから、被告石田としては適宜減速の上、道路左側部分を進行し、対向車との接触衝突を避けるべき注意義務があつたのにこれを怠り、漫然時速約五〇キロメートルの速度で被告車の一部を道路右側部分にはみ出させて進行したために、原告車と接触衝突したもので、本件事故は被告石田の一方的過失により発生したものといわざるを得ない。

二  被告らの責任について。

(一)  被告石田の責任

前認定のとおり、本件事故は被告石田の道路左側部分通行義務および減速義務違反の過失により発生したものであるから、同被告は民法七〇九条により後認定の損害を賠償すべき義務がある。

(二)  被告会社の責任

本件事故は被告会社の従業員である被告石田が私用のため被告会社所有の被告車を運転中に発生したものであることおよび本件事故当時被告石田は被告会社から被告車を被告石田の専用車として供与され、これを営業用のみならず、私用のためにも使用することを許されていたことは当事者間に争いがなく、被告石田本人尋問(第一、二回)の結果によれば、被告石田は当時塗料販売等を業とする被告会社の営業課長であつて、外回りの仕事が多く、休日も会社用務のために被告車を使用することがあつたことが認められる。

ところで、民法七一五条に規定する「業務の執行に付き」というのは、必ずしも被用者がその担当する業務を適正に執行する場合だけを指すのではなく、被用者の行為が外形的、客観的に被用者の職務行為の範囲内に属するものと認められる場合も含まれると解すべきところ(最高裁判所昭和三九年二月四日第三小法廷判決参照)、前記の事実関係のもとでは、本件事故当時の被告石田による被告車の運転行為は、被告石田の職務行為の範囲内に属するものと解するのが相当である。

したがつて、被告会社は民法七一五条により後認定の損害を賠償すべき義務がある。

三  損害について。

(一)  原告車修理代金

原告が本件事故により破損した原告車の修理を訴外岐阜トヨペツト株式会社恵那営業所に依頼し、修理に三〇万六二九〇円を要したことは当事者間に争いがない。

(二)  全塗装代金

原告本人尋問の結果により修理後の原告車を撮影した写真であると認められる甲第八号証の一、二、証人根崎育郎の証言により真正に成立したものと認められる甲第一〇号証、右証言および尋問の結果によれば、車両の破損部分だけを塗装する場合には、他の部分の色と似せた色で塗装するが、多少色の差が生ずることは避けられないし、また、塗装の継ぎ目を目立たないようにするため色を薄くしてぼかすことから、ぼかし部分が年月を経るにつれ変色してくるので、完全に元通りにするためには車両全体を塗装する必要があること、原告車の場合、写真で見ると塗装部分は光沢がなく、他の部分にくらべ色がややくすんだ感じになつており、原告車を全塗装をするとすれば一一万五〇〇〇円を要することが認められる。

しかしながら、前記甲第八号証の一、二、原告本人尋問および検証の各結果によれば、部分塗装をした箇所は、原告車のボンネツトの右端部分(ボンネツト全体の約六分の一程度)とトランクの上下の部分だけで、その範囲は車両全体からみれば小さいし、部分塗装部分と他の部分との色合いの差も検証時見分したところでは肉眼では殆ど判別できなかつたから、本件の場合全塗装するまでの必要性はなく、修繕しても完全には元通りにならなかつたことによる損害は、減価証明書等の証拠に基づいて減価損害として請求するなり、あるいは慰謝料請求でまかなうのが相当というべきである。

(三)  交通費

証人根崎育郎の証言により真正に成立したものと認められる甲第四号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五および第六号証ならびに右尋問の結果によれば、原告は本件事故当時自宅から勤務先に通勤するのに原告車を利用していたが、本件事故により事故翌日の昭和五二年四月一八日から原告車の修理完了引渡日である同年五月二〇日までの間明智町から瑞浪市まで往復ともバス通勤を余儀なくされたところ、右バス代は一日当り七六〇円で、右期間中の通勤日数は二一日であつたから、結局原告はバス代として合計一万五九六〇円を要したことが認められる。

ところで、原告は、右のバス通勤期間中は、原告車のガソリン代相当の出費を免れたのであるが、原告本人尋問の結果によれば、通勤時原告車を利用した場合の原告車の運転時間は片道約三〇分であることが認められるから、経験則上、運転距離は往復約三〇キロメートルと推定するのが相当である。そして、前記甲第四号証によれば、原告車はトヨペツトマークⅡハードトツプであることが認められるところ、経験則上、原告車と同種の車の場合ガソリン一リツトル当りの走行距離は八ないし九キロメートルと推定するのが相当であり、また、昭和五二年当時のガソリン代が一リツトル一〇〇ないし一一〇円であつたことは公知の事実である。そこで、往復運転距離を三〇キロメートル、ガソリン一リツトル当りの走行距離を八・五キロメートル、ガソリン代を一リツトル一〇五円として二一日間のガソリン代を試算してみると七七八二円(円未満切捨)になるので、右試算額をもとにして原告がバス通勤期間中に出費を免れたガソリン代は八〇〇〇円と認定することとし、これを前認定のバス料金合計額一万五九六〇円から控除すると、結局原告は本件事故により交通費を七九六〇円余計に要したものというべきである。

(四)  慰謝料

原告本人尋問の結果によれば、原告は原告車の修理が完了するまでの間バス通勤を余儀なくされたため、一日当り約一時間通勤時間を余計に要し残業ができなくなつただけでなく、原告車を利用し得なかつたことによつて生活上の不便を蒙り精神的苦痛を受けたことが認められる。右事情の他、前認定の本件事故の態様や修繕をしても完全には元通りにならなかつたことから生じた原告車の価格の低下等の諸事情を考慮すると、原告が本件事故により蒙つた精神的苦痛に対する慰謝料は一〇万円が相当というべきである。

(五)  弁護士費用

原告本人尋問の結果によれば、被告石田は当初原告に対し原告車の修理代金は全額被告石田の方で負担すると述べていたが、原告が被告石田に対し修理代金の見積書を送つた後しばらくしてから、豊田通商の服部某を通じて、原告車の修理代金を被告石田の方で全額負担するのは被告石田の体面もあつてできないから、原告の方でも少し負担して欲しいと言つてきたため、示談がまとまらず、やむなく原告は原告訴訟代理人に本訴の提起、遂行を委任し、弁護士費用として既に四、五万円支払つたことが認められるところ、本件訴訟の難易、審理期間、弁護士費用を除く前認定の損害額を考慮すると、被告らが賠償すべき弁護士費用は四万円とするのが相当である。

四  過失相殺の抗弁について。

本件事故の態様は前認定のとおりであつて、本件事故は被告石田の一方的過失により発生したものというべきであるから、過失相殺の抗弁は理由がない。

五  結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告らに対し、それぞれ前記三の(一)および(三)ないし(五)の損害の合計四五万四二五〇円およびこれより弁護士費用分を除いた四一万四二五〇円に対する本件事故発生日の翌日である昭和五二年四月一八日から、弁護士費用分四万円に対する本裁判確定の日の翌日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限度で認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 棚橋健二)

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